1961年12月生まれ尾花沢市出身 山形大学教育学部を卒業後、食品関係の研究室等に勤務、24歳で結婚。'97〜'98年にかけて1年間、留学した夫とデンバーで過ごす。2000年に『山形ブラジル音楽普及協会』を発足。夫が開業するクリニックを手伝いながら、会長(夫)がゲスト出演しているラジオ番組『VigoFM・sound rissort』の中のコーナー「バール・ナ・エスキーナ」(毎週水曜日夕方7時頃〜)への同行、ライブの企画など、普及活動に忙しい日々。「主催ライブの後は、ミュージシャンを天童市にあるそば屋さん『吉里吉里』へお連れして、陶芸家・伊藤瓢堂先生の『上の畑焼』をプレゼントさせていただくんですよ」。
ブラジル音楽とは
  「ブラジル音楽には、サウダーヂ (SAUDADE)感と表現される独特の感覚があります。一般的には郷愁や懐かしさを表現するポルトガル語で、日本人にも響きやすい、あたたかさ、素朴さなどの感覚に近いかな。私もポルトガル語は全く分からなかったし、最初はブラジルの知識も殆どなかったけど、胸が熱くなる何かがあって、情景を思い描きながらひたすら聴きまくりました。ブラジル文化の基本は〈混血〉で、アイデンティティでもあるんです。音楽も同様に、広大な土地の地域によって、違ったリズムが無数にある。それが〈洗練されたオシャレさ〉を生みだしています。同じ曲をいろんな人が歌い演奏し、何十年たっても全く古さを感じない、むしろ新しいと思える曲がいっぱいあるんですよ」。
普及協会の誕生
 「宮城県白石市に、東北におけるブラジル音楽の聖地と言ってもいい『カフェ・ミルトン』というお店があって、そこへ私がハマるきっかけになった『バランサ』が来ることになったんです。なんとしてでも聴きたいと、ライブには興味がなかった主人を誘って行ったら、二人とも至近距離で演奏を聴く臨場感、ファンの人たちと共有できる幸せを感じて、ミルトンへ通うようになりました。ミュージシャンと直に話し、一緒に酒を飲み、明け方まで騒いだりしたことも。東京のライブやCDショップへも行くようになると、ミルトンで知り合ったミュージシャンや音楽関係者の方に、”山形から、よく来てくれた“と歓迎してもらえたりして。ある時“山形市にある『BAR SAUDADE』というお店のマスターは、ブラジル音楽のCDをまとめ買いしているよ”と教えられ、山形での人脈も生まれるようになったんです。地元で一緒に楽しめる仲間がもっと欲しい、知り合いになったミュージシャンを山形にお呼びしたい!という思いがつのって、主人が会長になり、BAR SAUDADEのマスターとネットで知り合った鶴岡の女性と私の四人で、山形ブラジル音楽普及協会を始めました」。
インターネットの縁
 「宣伝のために、ホームページも制作しました。CD紹介のページは主人が担当で、取り上げたアルバムをきっかけに、仲良くなったミュージシャンのライブが実現したこともあったんですよ。しかもその方がブラジル滞在中におしかけたのが、私たちの初のブラジル旅行。楽曲の問い合わせなど、海外からもメールが来たり、インターネットは交流の幅が広がりますね。会員は約一四○名になり、希望者を募ってライブを運営します」。
楽しくて時間がたりない
 「主催するライブは、山形に来て欲しいミュージシャンに直接交渉します。もともと私は社交的とは言えない性格なので、昔の友人は驚いているみたいです。結婚してからは専業主婦まっしぐらで、編み物、料理、キルトなどをやることが楽しく、なんの疑問も感じなかったのですが、ブラジル音楽と出会って生活はがらっと変わりました。ポルトガル語の勉強、ラジオ出演、たまに楽器の練習会、ライブの準備と、毎晩スケジュールがびっしり。手抜き料理も随分覚えました(笑)。主人と県外の生活を考えたこともあったけど、今は一緒に盛り上がれる仲間、居心地のいい場所が山形に出来て、大好きなミュージシャン達が”また来たい“と言ってくれることが何よりも嬉しい。それが次に繋がっているんだと思います」。
趣味でやっていることだから、自分たちが楽しまなくっちゃ。ライブの前夜は、うれしくて眠れなくなります。
 陽気なサンバ、ゆったりとしたボサノヴァなど、ふところが深いブラジル音楽。ここ数年、そうしたジャンルで活躍している音楽家たちが、山形でライブを行うようになった。仕掛け人は『山形ブラジル音楽普及協会』。プロのイベンターではなく、あくまで愛好者の集まりなのに、すでに二十回以上のライブやイベントを開催している。しかも、中原仁氏、中村善郎氏、ショーロ・クラブの笹子重治氏やsaigenji氏など、一流の面々が山形の地まで足を運んでくれているのだ。今回は協会発足までのいきさつや活動についてうかがった。
日本のサンバがきっかけ
  「主人が音楽全般が大好きな人で、デンバーに留学した頃からブラジルのものを聴きはじめていました。私はもっぱら、地元で盛んなNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)の試合観戦にハマっていて。帰国後、NHLの情報を得るためにインターネットを始めたところ、NHLのファンサイトで知り合ったメル友の1人が、”日本で『バランサ』というバンドをやっている先輩がアルバムを出したの“と、CDを送ってくれたんです。主人も本場ブラジル人の音しか聴いていなかったので、こういうジャンルは初めてで。聴いてみると今までにない感動を覚え、すぐにバランサのサイトでおすすめのCDを通販して、そこからもう、どんどん。それがサンバとの出会いです」。
▲教材が入っていた箱。「この表紙の写真が最高のお手本。先生がこれを目指すようにっておっしゃったので、捨てないで持っているんです」。(右)ネイルスクールの存在を知った、思い出の雑誌。

01.ブラジル音楽が分かる、おすすめのバイブル。中原仁・編「ブラジリアン・ミュージック」。
02.2002年8月、初のブラジル旅行へ。「その時に買った楽器のパンデイロ、いま練習中です」。
03.ライブのために山形を訪れてくれたminaswingのメンバーと一緒に、ESPRESSOにて。
 
 
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